例会6月田中氏
渋谷支部・6月例会報告 2016年6月30日
報告者:田中正吾氏・渋谷支部支部長

子ども時代〜俳優として

田中さんは愛媛県松山市の出身。お父様は自衛隊退職後、製麺所を創業。事業は順調に成長し、田中さん自身は坊ちゃんと言われるほど裕福な子ども時代を送りました。
しかし、お父様の勝気な性格が災いし、賭け事にはまってしまいました。これが事業と家計を圧迫。とうとう店も売却し、一家4人が6畳一間へ。裕福な暮らしから一転、貧しい日々を送ることに。
ある日、芸能界にスカウトされた田中さんは貧しい生活から脱したい一心で、情熱を胸に東京へ。二枚目俳優としてデビューし、ドラマなどで活躍。
しかし30歳にさしかかって、このまま俳優を続けても一流にはなれないと感じ、10年続けた俳優業を辞める決心をします。

新しい仕事の成功と挫折

田中さんは俳優業から清掃業へと転職。バブル景気にも後押しされ、事業はトントン拍子で成長し続けました。下請けでしたが、仕事がどんどん舞い込んできました。
しかし、バブルの崩壊後とともに事業の成長にも急ブレーキがかかり、社内に課題が噴出します。給料は増やせず、取引先からは値下げ交渉。会社の未来が見えないので、社員の価値観もバラバラ。

田中さんは決断しました。経営理念を作ろう、と。
「環境づくりに心を込めて」
やっと完成した理念を、社員の前で発表。みんなが喜んでくれ、会社が活気づくにちがいないと思っていました。

ところが、理念発表の後、ある社員が放った言葉が耳に届き、田中さんは衝撃を受けたのです。

渋谷支部例会6月

半減した社員との再起
「社長は理念を作って、社員への給与を抑えるつもりだ

会社のため、みんなのために作った経営理念は、社員には全く響きませんでした。その後、当時いた7人の社員のうち4人が退職。ナンバー2と信頼していた同級生も去って行きました。

田中さんは、残された3人とともに再起を図りました。
「人材育成・人材採用・商品づくり・ビジョンづくり」という4つの柱を立て再スタート。社員とコミュニケーションをとることを第一に意識しました。
田中さんの優しく、知的な性格により再起後も仕事の依頼が増え続け、事業も順調に成長、社員も10人、20人と増えていきました。

崖っぷちで知ったコミュニケーションの意義

社員は給料がいいからついてくるのではない。なんのために仕事をするのか?社員一人ひとりが共に学び、理解し、実践することが大事なんだと、田中さんは気づきました。
そこで、社内で仕事の目的を見つけるための学びの場を作りました。学びの場という仕組みを作ることによって、社員同士、社長と社員のコミュニケーションが活発になり、退職者も激減したのです。

「最初はいい加減な経営でもなんとかなる。食べていくために仕事をする。それでいい。しかし、途中からは目的・ビジョンをもって経営をしなければ人はついてこない」そう語る田中さん。
壁を乗り越えてきた重みが感じられる言葉で、田中さんは締めくくりました。
「最強の組織とは、共に学び、実践する組織である
レポート:株式会社アートワークスコンサルティング 高橋 聡

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